京福平成手記

多趣味リーマンの実体験アーカイブ

五感と信号

引用:Istock様

これから話す内容は別にスピリチュアルなことを言いたいわけではないということをこの前段階で先に言っておく。

スポーツ走行しているとどこかのタイミングで部品が損壊したり故障したりと様々な不具合が発生する。

避けては通ることができない数々の故障。

 

私自身も幾度となく経験してきた。

予兆の無いものもあるし、自分の整備ミスで起こったこともあるし、メンテナンスをサボっておこったこともある。

どれだけ金額をかけても予防しても車を動かす以上、故障は付きまとう。

かと言って動かさないと車は調子を崩す。

乗り回すのが一番のメンテナンスとはよく言ったものである。

このジレンマと付き合っていくのも車を所有する上で覚悟をしておかなければならないところである。

 

そんなきまぐれな故障について、自車から発せられる信号がはっきりとわかる瞬間というのは確かに存在すると思うのである。

 

いつもと少しだけフィーリングが違う"気がする"

いつもより何か調子が悪い"気がする"

いつもと少し音が違う"気がする"

 

"気がする"というと、なんとなく、という感覚かと軽視しがちであるが、これはつまり自車の通常の体調を理解しているからこそ感じる違和感ともいえないだろうか。

人の五感とは結構鋭くできているもので、振動の量や音の識別、色の変化等、案外感じ取れる部分は多い。

スポーツ走行をしている人はその信号をキャッチするセンサーが一般人より鋭いと思うし、そこらへんのおばちゃんでもなんか調子悪い…と感づいたりするものである。

 

実際自分のロスタに関してはフィーリングや音などからあと数年でエンジンは死ぬだろうな…という感覚があったし(実際ブローした)、今乗っているZはまだまだ問題ないなという感覚がある。

この感覚が正しかったかどうかはさておき、このように感じていたというのは事実である。

車という工業製品は機械であるが、設置するだけの機械でないし基本の構造を除けば決まった座標内のみを動きまわるものでもない。

積極的に自分の意志で動かし、好きに負荷をかけ、好きな環境で使用して付き合ってゆく特殊な機械であるが故、時折動物のような生命感を感じ愛情を注ぐことができるのかもしれない。

ちなみに愛車を生き物のように接していて恥じることは何一つない。むしろその方が長い付き合い方ができるのではないかとすら思う。

某有名レーサーも愛車を"コイツ"と呼ぶし、レース前に「頑張ろうな」と声をかける姿を見せていたりする。

それでいいと思う。

ひとつのものを大切にすることに対しわざわざ周囲を気にしてクールぶる必要など一切ない。

そのせいで車からの信号をキャッチできず故障させる方がよっぽど残念ではなかろうかと私は思う。

 

貴方も自身の愛車から発せられる信号に、声に、再度耳を傾けてみてはいかがだろうか。